パチンコをやめたいのにどうしてもやめられないあなた。もう大丈夫です。あなたもパチンコ地獄から抜け出して、本当の人生を取り戻してください。

娘が病気でも嘘ついてパチンコ

娘がまだ赤ちゃんだった頃の事です。

会社で仕事をしていると、妻から電話がかかってきました。
「娘が風邪をひいたみたいで、39度も熱がある。病院に連れていこうと思うけど、一人だと心細いし、私も結構疲れているので、できれば会社を早退して帰ってきて欲しいんだけど。」

私は、とても娘と妻の事が心配になり、仕事を切り上げて帰る事にしようと思いました。
上司に伝えると、「早く帰ってあげなさい」とありがたいお言葉が。
やりかけの仕事もそこそこに、早退する事になりました。

ところが、帰り支度をしている最中に、ふとパチンコ の事が心に浮かんでしまったのです。

そして、会社を出る頃には、パチンコができるという高鳴る思いで、駅に向かって駆け出してしまうほどでした。
もちろん、妻に「会社でトラブってて帰れない」とメールする事は忘れません。

結局その日は閉店まで打ち続け、家に帰ったのは23時を回っていました。

本当にダメな人間です。

家では熱でぐったりした娘と疲れきった妻がいる事は分かっていました。

上司や同僚が心配して気遣ってくれた事も分かっていました。

自分の行動が、人として許されない事も分かっていました。

でも、パチンコに対する衝動の前では、どうしようもなかったのです。

パチンコをしている最中も、勝っている時も負けている時も、やめる事ができなかったのです。

パチンコ地獄から抜け出せつつある今、私のパチンコ依存症という病気が、どれだけの善意や誠意をふみにじってきたかを考えると、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

特に妻と子供には、夫として、また父として本当に許されない仕打ちを繰り返してしまったと心から後悔しています。

でも、やってしまった事を後悔ばかりしても過去に戻れる訳ではありません。

これからの人生は、罪滅ぼしではないですが、家族のために、できるだけの事をしていきたいと思います。

塾をサボってパチンコ

今から約20年前、私が高校生だった頃の事です。

高校2年生の秋にパチンコを始めた私は、高校3年生の夏になる頃にはすっかりパチンコの虜になってしまっていました。
大学受験を控え、勉強に力を入れなければいけない時期だったのですが、頭の中はパチンコの事でいっぱいでした。

当時はハネモノの全盛期だったのですが、玉がVゾーンに入る瞬間を思い出しただけで、何だかドキドキするのです。
学校の授業中にも、よく役モノの絵をノートに書いていた事を覚えています。

そんな状態ですから、学校の授業が終わると一目散にパチンコ屋に向かいました。
私の家は門限という程ではないのですが、夕方6時から家族揃って夕食を食べる事になっていたので、それまでには帰らなくてはいけませんでしたが、「友達と図書館で勉強する」と嘘をついて、遅くまでパチンコを打つようになっていきました。

そして、時には学校や塾すらサボってパチンコをするようになってしまったのです。

当時の我が家は、私立大学生の兄への仕送りや祖母の介護などで余裕がある状態ではありませんでしたが、苦しい家計の中から、私の塾代として月に何万円も出してくれていました。

パチンコは本当に恐ろしいものです。
両親には感謝していましたし、勉強が嫌いという訳でもなかったのですが、パチンコの事を考えるといてもたってもいられず、平気で嘘をつくようになってしまいました。

塾には「体調が悪くて欠席します」と嘘をつき、親には「今日は塾で補習があるので遅くなる」と嘘をついて、思う存分パチンコを打つのです。

勝っても負けても(当然負ける事の方が多かったですが)、家に帰って母親が準備してくれた夕食を食べながら素知らぬ顔で母と話をしている間、私の心は罪悪感で締め付けられるようでした。

母は本当に純粋な人です。私は、そんな大好きな母への裏切り行為を繰り返してしまったのです。

あれから20年、私はようやくパチンコの呪縛から逃れられるかもしれないと思っています。

今更母に謝っても母を苦しめるだけですので、おそらく直接謝罪する事はないですが、せめて少しでも親孝行をしていきたいと思います。


親が脳梗塞と嘘ついてパチンコ

病的パチンカー(パチンコ依存症)の私は、これまで数え切れない嘘をついてきました。

体調が悪いと言って会社をズル休みしてパチンコを朝から晩まで打った事は、5回や10回ではすみません。
(もちろん妻には、「会社に行ってくる」と二重の嘘をついている事になります)

病的パチンカーの嘘は時に非常に大胆なものになります。

私がこれまでついてきた嘘の中で、今になっても強く後悔している嘘が、「父親が脳梗塞で倒れたので会社を休みます」というものです。

7、8年前の事だったと思います。当時仕事が結構大変で、毎日遅くまで仕事をしていました。
ある日、朝起きるのがつらくて、いつもより2時間ほど起きるのが遅くなりました。

当時勤めていた会社はそんなに時間に厳しい方ではなかったので、1時間や2時間遅刻する事は別に大した事ではありませんでした。

ところが、いつもより2時間遅れで通勤している電車の中で、パチンコの事が頭をよぎりました。

 「今9時30分か…。乗換する駅に大きいパチンコ屋がいっぱいあったよなぁ。」
 「今日起きれなかったのもある意味精神的な体調不良だよね」
 「朝イチから北斗の拳打ってみたいなぁ」


私は、いつも通勤する電車の窓からパチンコ屋がその駅にいくつかある事を無意識のうちに知っていたのです。
(無意識にパチンコ屋の場所を覚えているのも病的パチンカーの特徴ですね^^;)

もう、私の頭の中は「どうやって会社をズル休みするか」という事ばかり考えていました。

いつもなら「体調不良で休みます」と言うところなのですが、2週間ほど前に本当に風邪をひいて会社を休んでいた事もあり、また「体調不良」というとうそ臭いような気がしたのだと思うのですが、パチンコへの渇望を抱えて
制御不能になっていた私は、「親父が脳梗塞で倒れた事にしよう」と思いついたのです。

私は、会社に電話して、「父が脳梗塞で倒れたみたいなので、今日は休みます。」と嘘をつきました。

ちょっと心が痛いような気がしましたが、心はパチンコの事で頭がいっぱいです。その足で開店待ちの列にならんで、開店から夜までパチスロを打ち続けました。

その日は偶然運がよくて、2万円ほどの勝ちだったと思いますが、自宅に帰る電車の中で、私の心は自己嫌悪でいっぱいでした。
 「また嘘をついてパチンコをしてしまった」
 「妻にはバレないように振舞わなければ」
 「会社の同僚には疑われてないだろうか」
 「親を脳梗塞にするなんて何て親不孝なんだろう」


ところが翌日、今度は朝早い通勤電車にのっての通勤途中、昨日あれだけ後悔したにも関わらず、昨日の店でもう一勝負してみたくなってきたのです。
 「昨日勝ったお金もあるし、パチンコしたいなぁ」
 「さすがに2日連続ズル休みでパチンコはまずいよ」
 「もう一日休んだほうが逆にうそ臭くないんじゃないか」


病的パチンカーにとって、そんな葛藤がはじまった時点で実はもう行動は決まっているのです。
私は、昨日の駅で降りて、会社に電話しました。「父の病状がまだ安定していなくて、今日も休みます」と。

その電話をしたのがまだ8時前。私はわざわざ駅前のマクドナルドで1時間時間を潰して、開店の20分前に開店待ちの列に並びました。

そして、結局その日も夜まで打ったのですが、その日は4万円ほど負けたのを覚えています。

深いハマリの中、パチンコの盤面に移る自分の顔に、
「お前は本当に俺なのか?俺は一体何をやってるんだ?」と自分が自分でないような感覚を覚えながらも、なぜかパチンコを打ち続ける私。
服についたタバコ臭さが消えるように、家に帰る前に寒い街をうろうろする私。
うろうろしながら、今日も親不孝な嘘をついたと自己嫌悪する私。
家では会社に行っていたように振舞うため、二重の嘘をつく私。

本当に辛い思い出ですが、妻・子供・父親・会社の同僚にも人としてやってはいけない事をしたと心から後悔しています。

これからは、少しでも償っていけるように、正直に生きていこうと思います。

友の誠意を裏切ってパチンコ

私が大学生の頃の事です。

大学生になり、アパートで一人暮らしをはじめた私は、どんどんパチンコ狂いがひどくなっていきました。
親が送ってくれる仕送りも、アルバイトで稼いだお金も、その大半をパチンコで使うようになっていました。
そんな頃にあった出来事のザンゲです。

大学生になり、知り合った友人がいました。
ある日、彼が私のアパートに遊びにきた際に、何かのいきさつで私の自転車を貸してあげる事になりました。

ところが、次の日学校であった時、彼はとても申し訳なさそうに「昨日コンビニに寄った時に鍵をかけずにいたら盗まれてしまった」というのです。

その辺りのホームセンターで買った1万円程度のママチャリで、しかもアパートの駐輪場が雨ざらしだったため、かなりサビサビの、ほとんど価値のないような自転車でした。

ただ、生活の足として使っていましたので、「自転車がなくなってしまうのは困るなぁ」と思っていたところ、彼は「これで新しい自転車を買って」と、(確か)1万5千円を差し出すのです。

私は、
「なんだかあんなボロ自転車の弁償としてこんなにお金をもらうのは悪い」

と思いましたが、一方で、

「自転車がなくなって困るのは事実だし、新しく自転車を買うお金をもらって当然だ」

という思いもありました。さらに、

「ホームセンターで安い自転車を買えば、5千円くらい儲かる」

というよこしまな考えが頭に浮かんだのです。


私は、何と言ったのかは覚えていませんが、その1万5千円を受け取りました。

そして学校が終わった後、自転車を買うためにホームセンターに向かおうと思っていたのですが、その前にパチンコ屋に入ってしまったのです。

結局、友人から自転車代としてもらった1万5千円はあっという間に消えてなくなってしまいました。

それでも、手持ちのお金から自転車を買えば何の問題もないのですが、当時の私はパチンコのせいで「家賃を払うのがやっと」という状態でしたし、たまに大勝した時も次のパチンコ資金のために、他の事にお金を使う気持ちには到底なれませんでした。

結果として、私はそれから何年もずっと自転車のない生活を送ったのです。


当然その友人は釈然としない気持ちだったと思いますし、その状況を知った他の友人は「人としておかしい」と諭してくれたりもしました。

それでも私は、
「あいつのせいで俺は自転車がなくなったんだ。その弁償としてもらった金を何に使おうと俺の自由だろ」
と言い返したりしていました。

私は、本当は(心の中では)自分が信義にもとる行為をしている事を理解していましたが、当時は自分が病的パチンカー(パチンコ依存症)であるとは思いもしていませんでした。
※そんな言葉も確かまだ存在していなかったような…。

今になって思えば、友人の誠意を裏切る行為であったと本当に申し訳なく思います。

またこの件だけでなく、パチンコ依存のせいで、周りの人からの信頼を数多く失ってしまったのは本当に残念な事です。

これからの人生は、「自分は人としてこうありたい」という生き方を正直にしていきたいと思います。

祖母が死んでもパチンコ

祖母が亡くなった時のザンゲです。

親元を離れて大阪で下宿暮らしをしていた大学生の頃、高校時代まで一緒に暮らしていた祖母が亡くなりました。

祖母から見ると私は内孫で、しかも孫の中で一番低学年だったので、小さい頃からとても可愛がってくれました。

祖母は、半年ほど前から実家で寝たきりになっていたので、「おばあちゃんが亡くなった」と母親から電話を受けたとき、そんなにショックを受けた訳ではなかったですが、小さい頃からのおばあちゃんとの思い出が次々と思い出され、涙が出ました。


当然、すぐに帰省しようと思いましたが、当時は阪神大震災の直後で、実家のある兵庫県の姫路市に帰省するための電車路線は断絶している状態でした。

いろいろと調べたところ、京都から日本海側を回るルートで姫路まで行ける事がわかりました。
当時はインターネットも普及してなかったですし、何時間かかるのかも分かりません。もしかしたら今から出発しても、当日中に到着できないかもしれません。

それでも、私はためらう事無くアパートを出ました。途中までしか行けなかったら、そこから先はタクシーでも何でも使って早く祖母と家族の元へ行きたいと思ったのです。

大阪から京都へ、京都から日本海側へ。
周りの風景は完全に雪国になりました。

日もすっかり暮れ、あたりは真っ暗です。

名も知らない土地を走る2両編成ボロ電車の中で、闇の中を流れていく雪の風景をぼぅっと眺めながら、私は小さい頃の祖母との思い出を思い出し、感傷的というか何というか、不思議な優しい気持ちに包まれていました。

そして電車は福知山駅に到着しました。この駅で別の路線への乗り換えになるのですが、到着直前のアナウンスで、乗り換えのための待ち時間が80分もある事が分かりました。

電車が来ないものは仕方がありません。「あーぁ、こっちは急いでるのになぁ」と思いながら、私は電車を降りて辺りを見渡しました。
乗継駅なので規模もそこそこ大きく、改札内に待ち時間をつぶすための食堂や喫茶店もあるようでした。

しかし、ふと「これくらいの街ならパチンコ屋があるに違いない」という思いが心に生まれたのです。
駅員さんに聞いたところ、「改札を出ても大丈夫です」との事。

さっきまでの感傷的な気持ちはどこへやら、私の心はあっという間にパチンコに支配されました。

「早くパチンコ屋を探さなきゃ」
「たった80分しかない」


私は、繁華街と思われる方向へ駆け出していき、光る看板を必死で探しました。
日本全国どの街にでもパチンコ屋はあるもんです。思った通り、すぐにパチンコ屋は見つかりました。

羽根モノの「ブンブン丸」という好きな台がありました。
打ち始めてみると、よく鳴きます。何度かの当たりとハマリを繰り返しているうちに、あっという間に1時間が過ぎていきました。

「このままもっとパチンコ打っていたい」と思いました。
「今日帰れなくてもいいかな」とさえ思い始めていました。


結局、少しの葛藤のあと今度はダッシュで駅まで戻り、何とかその日に実家に辿り着く事ができましたが、そのままパチンコを打ち続けていてもおかしくないような心理状態でした。

パチンコ屋を出た後からは、本当に罪悪感と自己嫌悪の気持ちでいっぱいでした。

「おばあちゃんが死んで、急いで帰っている最中にパチンコするなんて、俺は一体どうなっているんだろう」
この時の自己嫌悪は、口では言い表せないのですが、自分も消えてしまいたいような本当に気持ちの悪いものでした。


当時は、自分が「パチンコ依存症」になっているなど思いもしなかったのですが、今から思えばこれは典型的な病的パチンカー(パチンコ依存症)の行動ですねorz

++++
おばあちゃんは、きっと天国から俺のアホな行いを見てたんやろ。
ほんまにごめんな。
おれ、変な病気にかかってしもてたみたいやけど、最近ようやく元の自分に戻れそうな気がするねん。
もし俺がまたパチンコに行きそうになったら、天国から「コラー!」って怒ってや。頼むで。
++++

あれから15年です。ようやく吐き出せました。

彼女とパチンコを天秤にかける

私が大学生だった頃のザンゲです。

大学2年生の時、同じ大学の彼女ができました。

付き合いだした頃は、自分がパチンコに行っている事を特に隠す訳でもなく、また特に逐一パチンコに行った話をする訳でもなかったので、きっと彼女は「たまにパチンコに行っている」くらいにしか思っていなかったと思います。

付き合いだしてしばらく経つと、一緒にいる時間がどんどん長くなってきます。
私のアパートにも頻繁に来るようになりましたし、休みの日にはどこかに遊びに行こうという話にもなります。

ところが、私は既に立派な病的パチンカー(パチンコ依存症)になっていて、毎日のようにパチンコ屋に通っていました。
彼女の事はとても好きだったのですが、当然遠くに遊びにいくようなお金はない(あっても使いたくない)状態ですし、彼女とのデートもいい加減なものになってしまう事が多くなりました。

私は、その頃から「パチンコはやめた方がいいんじゃないか」と薄々思っていましたので、「これはパチンコをやめるチャンスかもしれない」と思いました。

私は、彼女宛に手紙を書きました。

「この手紙をあなたが見ているという事は、私はあなたと付き合う資格がない人間です。別れてください。」

そして、その手紙にしっかり封をして、彼女に「俺、パチンコやめる事にした。もし俺がパチンコに行ったらこの手紙開けて」といって手渡したのです。


そしてその2日後。


私は既にパチンコ屋にいました。

もちろん、パチンコに行く事にためらいはありましたが、

「彼女にバレなければよい」
「もしバレたとしても何も悪い事をしている訳じゃない」
「禁煙できないのと同じような事だ」


と自分に都合のよい理屈をつけて、平気で約束を破りました。


当然、彼女にもパチンコに行った事はバレてしまって、恥ずかしい手紙は見られてしまったのですが、当時の彼女は幸か不幸か「パチンコ依存症」の恐ろしさを分かっていなかったのでしょう。
「あほらし(笑)」と笑って見過ごしてくれたのです。

でも、私は大真面目でやっていたんです。手紙を書いている時は「本当にパチンコをやめたい」と思っていました。

なので、その時私は、彼女よりパチンコを選んだのです。
場合によっては、彼女を失っていたかもしれませんし、少なくとも彼女からの信頼を損なった事は確実です。

パチンコは、そうやってお金だけでなく、他人からの信頼や自分に対する尊厳すらも奪い続けます。


あの時私を見捨てなかった彼女とは、その後結婚する事になるのですが、パチンコ依存症の夫を持つ妻として、本当に辛い思いをさせる事になりました。本当に申し訳なく思っています。

今さら失った信頼を全て取り戻せるとは思わないけど、あの頃のように、お互いが信頼しあえるような関係に少しずつでも戻りたいです。

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私は、社会的問題を引き起こしているパチンコに対し、以下の2点の新たな規制を主張しています。
 ①パチンコの年齢制限を20歳に引き上げる
 ②パチンコ屋への入店や貸玉に承認カードを必要とする
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※本ページは2012年2月26日に作成しました。

嘘つき

病的パチンカー(パチンコ依存症)の私は、これまでパチンコのために数え切れないほどの嘘をついてきました。

ザンゲのエピソードにもならないような、小さな嘘の数々を思い出してみました。

■高校時代(親と同居)
・「風邪をひいた」と嘘をついて、塾や学校をサボり、パチンコをしました。
・「図書館で勉強してくる」と親に嘘をついて、パチンコをしました。
・スイミングスクールをサボってパチンコをし、水着や髪の毛をパチンコ屋のトイレで濡らして家に帰りました。
・散髪帰りにパチンコをして、「散髪屋がすごく混んでて・・・」と嘘をつきました。

■大学時代(一人暮らし)
・「テニスサークルに入ったからラケットが要る」と親からお金をもらいましたが、ラケットは友人からもらいました。
・「専門的な本が要る」と嘘をついて、親からお金をもらいました。
・「体調が悪い」と嘘をついて、アルバイトをサボりました。
・小遣いを期待して、いい孫のふりをして一人暮らしの祖父を訪ねました。
・彼女に「今日は用事がある」といってデートを早々に切り上げ、パチンコをしました。

■社会人時代
・「体調が悪い」と嘘をついて、会社をサボりました。
・「残業」「休日出勤」と妻に嘘をついて、パチンコをしました。
・客先から戻る途中にちょっと打ったパチンコで確変に入ってしまい、「急にお腹が痛くなってマクドにいる」と嘘の電話をしました。
・「持病の痔が痛い」と嘘をついて、出社早々に早退してパチンコをしました。
・「実家に泥棒が入って心配なので」と嘘をついて、早退してパチンコをしました。
・「おじさんが亡くなった」と嘘をついて、会社をサボりました。
・「親が脳梗塞で倒れた」と嘘をついて、会社をサボりました。
・出張時の交通費申請を水増し申請しました。

もっとあるかも。。。

こうやって文字にしてみると、「俺って本当にダメな人間だなぁ」とつくづく思いますorz...
こんな奴とは、友達になりたくもないし、絶対に一緒に働きたくないです。。。

信じてもらえないかもしれませんが、私、自分では結構真面目な性格だと思っているんです。
パチンコ以外では、ほとんど嘘なんてつかないんですよ。

・・・っていっても、事実は「大うそつき」ですもんね。。。20年も嘘を積み重ねてしまったという、重い事実。。。

これからの人生、パチンコ抜きの本当の自分として、真面目に生きていこう。

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※本ページは2012年6月3日に作成しました。

クリスマスでもパチンコ

数年前のクリスマスイブの出来事です。

その日はなぜか朝起きた時から、「パチンコ行こう!」って感じになってました。

財布の中には2万3千円が入っていました。

8時に会社にいくふりをして自宅を出ました。
自宅最寄駅のプラットフォームで「体調を崩したので休みます」と会社の同僚にメールを入れます。

自分の事を誰も知らない街で思いっきりパチンコするため、電車で30分程度の中くらいの街に行きました。

時刻はまだ9時前で、開店までは1時間あります。
私ははじめて降り立つその駅の周りをグルグル回り、どの店に入ろうかと品定めしました。

時間が余っていたので、コンビニでパチンコ雑誌を立ち読みしてから、30分ほどマクドナルドで100円のコーヒーで時間を潰し、9時50分頃に開店待ちの列に並びました。
寒空のした、今か今かと開店を待ち、10時開店と共に、打ち始めました。
偶然にも、その日は新台入替があって、12時からコーナーオープンという事で、整理券までゲットしちゃいました。

それから1時間半経った11時半。ストレートで持ち金の2万3千円はなくなっていました。

12時からは新台打てるし、「このまま終わる訳にはいかない!」という気持ちで、近くのコンビニのATMで3万円おろしました。
この3万円は、2日後のカードの返済引き落としのために確保しておいたお金です。


12時からいよいよ新台コーナーオープン!

さぁ出しまくるぞ!と勢いよく打ち始めたのに、何と千円で10回くらいしか回らない。。。
3千円くらい打って嫌になって、他の台へ。
この時点で既に約3万円負けです。

絶対に取り返す!

そこそこ回る台でしたが、どんな激アツリーチがきてもことごとく外します。
朝からの合計ハマリは1000回、負け額は5万を超えていました。

このままだと、2日後にせまったカードの引き落としで残高が足りなくなってしまいます。
私はもう何が何だか分からなくなっていました。

残っていたお金も全て打ち込んでしまい、再度コンビニのATMへ。さらに3万円おろしました。
「何としても、2日後の引き落としができるくらいまでは取り戻さなければ」

私は壊れたロボットのように、お金をどんどん投入します。

そして、6万8千円負けになった所で、救いが訪れました。
連チャンが続き、一気に6万円分くらい出たのです。

その時点でやめれば1万弱くらいの負けで済み、2日後の引き落としも大丈夫な所まで取り戻しました。

でも、私は席を立つ事ができませんでした。

波が来た!もっと出してやるゼ!!

そして結局、10箱以上積んでいたドル箱を、全て打ち込んでしまったのです。
箱が空になる度に、店員さんを呼んで新しいドル箱をあげてもらうのですが、10箱以上あった箱がどんどんなくなり、最後に台に刺していた札を回収された時には、バカにされているような気がしました。

その時点で6万8千円負け。
すっかり壊れていた私は、「キリがいいからあと2千円打とう」と訳の分からない理由であと2千円打って7万円負け。


「またやってしまった。もうダメだ。。。」

時刻は20時です。

店を出るとクリスマスイブの街は、幸せそうな光と音楽で溢れていましたが、私の心は吐きそうなほど、自己嫌悪と後悔でいっぱいでした。

「2日後の引き落とし、どうしよう」「本当に俺はダメな人間だ」「こんなにハマるなんておかしい」そんな事を思いながら、服にしみついたタバコの臭いを消すために、寒空の下コートを脱いで歩きまわります。

家に帰らない訳にもいかず自宅に帰ると、「おかえりなさい」と妻が向かえてくれました。

「パーティは先週末にしたけど、今日はイブだから一応ね」と言って、ちょっとオシャレな夕食を出してくれる妻に対し、私は曖昧な笑顔を返す事しかできませんでした。

すやすやと眠る子供たちと、その子供たちの枕元に、ニコニコしながらプレゼントをそっと置く妻の姿を見ながら、「俺は本当にどうなってるんだ。もう消えてしまいたい。」という思いで過ごしたクリスマスイブの夜。
思い出したくないくらい嫌な思い出です。

今年のクリスマスイブは、家族でトランプをして、ご馳走やケーキを食べて、本当に幸せに過ごす事ができました。

これから後何回、クリスマスを家族4人で過ごす事ができるのか分かりませんが、絶対に大切にしたいと心から思います。

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※本ページは2012年12月24日に作成しました。
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ひこたま

Author:ひこたま
パチンコ歴20年の極度の病的パチンカー(パチンコ依存症)でした。
私がパチンコ地獄から脱出できた方法で、同じ悩みを持つ方々の助けになれば幸いです。

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